プロフィール

 甲田ゆり子プロフィール

生まれ育った中野を笑顔輝くまちに

甲田ゆり子のプロフィール

 甲田ゆり子
名前 甲田百合子
家族 夫と2人暮らし
性格 穏和、沈着冷静、正義感が強い
尊敬する人 マリー・キュリー
好きなこと 旅行、グルメ、お笑い、演劇鑑賞
政治信条 どこまでも一人のために
心がけていること 人の良いところをみること・感謝の心
中野の好きなところ 中野通りの桜、平和の森公園、多様な人を受け入れる風土

住所

中野区上高田2丁目14-8 エルウィング上高田202

所属委員会

常任委員会:子ども文教委員会(副委員長)
特別委員会:危機管理・感染症対策特別委員会

党役職

公明党新井支部 支部長

資格・地域

防災士・上高田二丁目町会相談役

略歴

1970年 3月 中野区に生まれる
1982年 3月 中野区立新井小学校卒業
1985年 3月 中野区立第五中学校卒業
1988年 3月 都立鷺宮高校卒業
1990年 4月 明治生命保険相互会社 入社(のちに合併で明治安田生命)
2010年 11月 退職
2011年 4月 中野区議会議員 初当選
(厚生委員会副委員長・子ども文教委員会委員)
2015年 4月 同 2期目当選
(建設委員会委員長・厚生委員会委員・監査委員)
2019年 4月 同 3期目当選
(厚生委員会副委員長・子ども文教委員会副委員長)

 

甲田ゆり子物語

中野で生まれ育った生粋の中野っ子

1970年3月、中野区沼袋にて2人姉妹の長女として生まれる。

いじめがあったら放っておけない正義感の強い女の子であった。

決して目立つほうではないが、友達とおしゃべりすることや、皆でひとつのものを作り上げることが好きで、小学校時代から演劇クラブに所属。中学校時代も演劇部で脚本作りや監督を務め都大会に出場した。

経済的に困難な家庭であり、高校時代は地域のコンビニ等でアルバイト。高校卒業後は家計に配慮し働くつもりであったが、父の勧めもあり創価女子短期大学経営科にて学んだ。
合唱部などの学内活動を通し生涯の友人にも恵まれた。
卒業時に、創立者から贈られた言葉「美しき心、清く強き心の人は常に満足」が人生の指針に。

父亡きあと、母妹を支えた努力の20代

短大卒業後、生命保険会社(当時:明治生命、現在は明治安田生命)に事務職として就職。
職場の第一人者にと誠実に努力。
入社2年後の22歳の時、最愛の父が突然の病で他界。悲しみを乗り越え家族の大黒柱として家計を助け、7歳下の妹の看護学校の学費なども支える。

一番大変な時に温かく励ましてくれた地域や近隣の方、友の真心は、生涯忘れることのできない思い出に。

“お客様第一”の20年の職場経験を生かして

以来、真剣な業務姿勢が認められ支社全体の事務職員を指導する立場に。
通常職務のほかに、「もっとお客様を大切に!」という顧客の満足度を向上するための職場運動のリーダーとしてボランティア活動 (ピンクリボン運動・エコキャップ運動・難病の子どもたちとその家族を支えるドナルド・マクドナルドハウスへの支援) などにも全力で取り組んだ。

甲田ゆり子がリーダーを務めた支社の活動が2009年に特別社長賞を受賞。


その後、20年間の勤務で培った「お客様第一」の精神を生かし、女性の目線で中野区政にチャレンジしようと決意。

2011年、中野区議会議員に初当選を果たす。

 

生まれ育った中野を笑顔輝くまちに
12年間、まっしぐらに区政の前進にチャレンジしてきた

4月の区議会議員選挙へ挑戦の最中に起きた3.11東日本大震災。

その日も翌日も、地域の単身高齢者のお宅を歩いて回った。
不安でいっぱいのなか、誰かが心配して来てくれるということが大切だ。この時、いざという時に助けあえる仕組みづくりが重要であることを強く感じ、当選直後は地域の支えあい、防災・減災対策に力を注いだ。

子育て支援にも全力投球。自身は子どもに恵まれなかったが、中野区の子どもはみんな我が子、との思いで議会質問には毎回必ず子育て支援のテーマを取り上げた。

なかでも、産後うつを防止するための「産後ケア事業」を確立し、妊娠期からの切れ目ない支援の充実を図ることができた。困難度の高い多胎児多子世帯医療的ケア児社会的擁護の子ひとり親などの貧困世帯への支援も推進。

また、自身の母親(2022年2月に他界)を介護した経験から、高齢者の方たちが健康で生き生きと安心して暮らせる中野をつくっていきたいと、楽しんで集える介護予防事業「カラオケ健康体操」事業などを推進した。

さらに、障がいのある人もない人も誰もが輝ける社会を目指す、「中野区ユニバーサルデザイン推進条例」(2018年3月制定)の意義に沿い、さまざまな障がい者の支援事業や、中野区同性パートナーシップ制度の創設にも汗を流してきた。

そのほか、大好きな中野のまちを「住んで良かった」「住み続けたい」と言っていただけるまちにするために、生活者の目線でのまちづくり、公園づくりにも取り組み、地元・平和の森公園の再生整備西武新宿線の連続立体交差化を契機としたまちづくり等、地域の声をいかに反映できるかに心を砕いてきた。

困っている人に寄り添い、区民相談には人一倍 丁寧・誠実に

直接受けた区民の生活相談は累計3,300件以上(2022年10月現在)に。

どんな小さな問題にも真剣に取り組み、とことん解決を模索。所有者不明の私道整備の相談は、相談者が他の多くの議員に相談し解決できなかった末に舞い込んできた。
相談者とともに執念で取り組んだ結果、3年越しで解決することができた。

また、産後うつから立ち直れず1歳の子を抱えて死をも考えていた親子に寄り添い、伴走し、あらゆる人脈や支援を尽くして取り組んだ結果、見事に立ち直った若いママの笑顔が忘れられない。
その時の相談がきっかけで中野区のベビーシッター利用支援事業(一時預かり支援)を提案し実現することもできた。

解決の難しい問題が多い中、どれだけ相談者の思いを受け止めて伴走することができるかを心掛け、応援してくださる皆さまの真心にお応えしていきたいと日々挑戦を続けている。