頑張る人が、途中で諦めなくてすむ社会に

最近、私は「ベーシックサービス」という考え方を、とても大切にしています。

ベーシックサービスとは、教育、医療、介護、住まいなど、誰もが生きていく上で必要となる基本的なサービスを、必要な時に安心して受けられる社会をつくろうという考え方です。

慶應義塾大学の井手英策先生は、その理念を、

「弱者を助けるのではなく、弱者を生まない社会へ」

と表現されています。

私は、この言葉に心から共感しています。

なぜなら、私自身の人生を振り返っても、人はいつ、何をきっかけに生活が苦しくなるか分からない。そして、本当に大変な時に一つの支えがあることで、人生を諦めずに前へ進めることがあると実感しているからです。

私は、頑張る人が、途中で諦めなくてすむ社会をつくりたい。

それが、私がベーシックサービスを大切にする一番の理由です。

父を早く亡くし、家族を支えた20代

母と(1993年)


私は、決して経済的に恵まれた家庭で育ったわけではありません。

父を早く亡くし、20代の頃は、母と妹を支えながら働きました。

若くて一番遊びたい時期だったかもしれません。でも、まず家計を支えることが必要でした。

妹が看護師を目指して看護学校に進んだ時には、その学費も私が工面しました。

もちろん、母も懸命に働いていました。

母は元来、とても楽観的で社交的な人でした。人とのご縁を大切にし、家政婦として働いていたお宅でも信頼していただき、ありがたいことに仕事が途切れることはありませんでした。

本当に困った時には、周りの方々に助けていただくこともありました。

振り返れば、私たち家族は、家族だけで頑張ってきたのではなく、多くの方々に支えていただきながら生きてきたのだと思います。

私たち家族を支えた「住まいの安心」

そんな中で、家族にとって大きな転機となったのが、「住まいの安心」を得られたことでした。

当時、母は家賃負担を抑えて暮らせる公営住宅に何度も申し込み、ようやく中野区内に住まいを確保することができました。

決まった時、母はどれほど安堵したことでしょう。

住む場所があり、毎月の住居費への大きな不安がなくなる。

その安心があったからこそ、私たちは目の前の生活だけではなく、その先の人生を考えることができたのだと思います。

母は新しい地域にもすぐになじみ、住宅の皆さんとも仲良くなりました。

そして妹は看護師となり、私は会社員として約20年間働きました。

でも、時々思います。

もし、あの時、住まいの安心がなかったら。

もし、母がもう少し早く病気になっていたら。

もし、私が働けなくなっていたら。

ほんの少し条件が違っただけで、私たち家族の人生も大きく変わっていたかもしれません。

人は誰でも「支えられる側」になる

母は後年、パーキンソン病という難病になりました。

その頃には私たち姉妹も働いており、母を支え、最期まで介護することができました。

元気に働いていた人が病気になる。

家族を支えていた人が、今度は支えられる側になる。

これは、特別な人だけに起きることではありません。

議員になってからも、子育て、病気や介護、障がいのあるお子さんの将来、高齢期の住まい、若い方の仕事や生活など、本当にさまざまなご相談を受けてきました。

その中で強く感じるのは、人は「支える側」と「支えられる側」に分かれるものではないということです。

誰もが人生のどこかで、支えを必要とする可能性があります。

困ってからではなく、困りきる前に

だからこそ私は、「困窮してから助ける」だけではなく、“困りきってしまう前に支える仕組み”が大切だと思っています。

住まいがある。

必要な医療を受けられる。

子どもが経済的な理由で学ぶことを諦めなくていい。

若い人が将来に希望を持てる。

女性が健康を損なうことなく学び、働き、活躍できる。

障がいがあっても地域で安心して暮らし続けられ、親が亡くなった後も、その人らしい生活を続けられる。

高齢になっても、住む場所や介護に途方に暮れなくていい。

災害が起きても、命と暮らしが守られる。

こうした一つひとつの安心が、人が自分の力で前へ進んでいくための土台になるのだと思います。

家族が必要だった支えを、社会の仕組みに

私たち家族は、政治や行政だけに支えられて生きてきたわけではありません。

母自身が懸命に働き、家族で支え合い、友人や仕事先など、多くの方々に助けていただきました。

人と人とのつながり、地域での支え合いは、これからも大切にしていかなければなりません。

その上で、家族や友人、地域の力だけでは、どうしても支えきれないことがあります。

そこを社会全体で支える --- それが政治の大切な役割だと思っています。

振り返れば、私がこれまで取り組んできた子育て支援、産後ケア、高齢者支援、障がい者支援、住まい、女性の健康、防災、そしてこれからさらに力を入れたい若者支援も、一見すると別々の政策や実績に見えると思います。

でも、私の中では、すべてつながっています。

「家族が困った時、本当に必要だった支えを、今度は社会全体の仕組みにしたい。」

それが、私の政治の原点なのだと、今、改めて感じています。

弱者を助けるだけではなく、弱者を生まない社会へ。

頑張る人が、途中で諦めなくてすむ社会へ。

そして、誰もが人生のどのステージでも、必要な時に必要な支えを受けながら、安心してこの中野で暮らし続けられるように。

私は、そんな「ベーシックサービス」の充実に、これからさらに力を尽くしていきたいと思います。

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